剥がれたプリントを直す
ご依頼品の到着
今回は北海道のクリーニング屋さんからのご相談でした。 「洗ったらジャンパーの裏地に付いていたプリントが剥がれてしまったんですが、直りますか？」というお電話の後、ご依頼品が到着しました。
開けてみましょう。
ベンチコートの裏地側にプリントが付いていましたが、その文字のほとんどが剥がれてしまっています。 それにしても裏地側にこんなに大きくプリントをあしらっているジャンパーは珍しいですね。
しかも、唯一残っている「R」の文字も剥がれかけてズレてしまっているので、ノリが横にずれた状態になっています。 なかなか大変な状態ですが、この剥離した裏地のプリントを直す工程をご覧に入れましょう。
剥がれかけたプリントを全て剥がす
最初の工程は剥がれかけているプリントを全て剥がす作業です。 そしてこの工程がプリント直しの仕事の中で最も大変な作業でもあります。 剥がすプリントは、剥がれかけていないものも含めて全て、です。 詳しくはこちら。 プリントを全て剥がす、と一言で言っても、その作業はいろいろなケースに分かれます。 そのいくつかをご紹介しましょう。
薬品で剥がせるもの
プリントを貼り付けるノリは水洗いに強いものが多いので、剥がす際はそれに適した薬品で取れるものがあります。 その際は薬品を使って手作業で取ったり、機械を用いることもあります。
器具を使って剥がせるもの
プリントが剥がれかかっていても、いざ全部剥がそうとすると、なかなか剥がれてくれないものもあります。 そういう場合は専用の器具を使って剥がすことになります。 その際は洋服の生地に傷や目ヨレを起こさないようにしなければならないので、非常に気を使います。
剥せないもの
中には、どうやっても剥がすことが無理なものもあります。 その際は、プリントの接着性を多少犠牲にして、剥がさずにその上から新しいプリントを貼る、という方法を採るしかありません。
ようやく一文字剥がしたところで新たな問題が・・・
一文字プリントを剥がすだけでも大変苦労しますが、今回、剥がした後に別の問題が発覚しました。 それについてはこちらでご説明しています。 このようにプリント直すというものは、それぞれ個別の問題点があり、それらをクリアせねばならないというリスクに常にさらされています。 では、過去にプリント復元中に起こったハプニングの例をいくつかご紹介しましょう。
プリントが貼り付かない
これは主に洋服の素材などが影響することが多いです。 ナイロンなどの上に防水コーティングをしていたり、ベルベットなどの起毛素材だったりすると、プリントのノリがすべってしまったり、接着面が足りなかったりすることで貼り付かないのです。
プリントが元の位置とズレてしまう
本来、プリントの機械メーカーは、プリントが剥がれたからと言って、新しく貼り直すことは想定していないので、もともと貼ってあった位置とピッタリの位置に貼れるように機械を作っていません。 ですから、どうしても新しいプリントを貼ろうとすると位置がズレてしまうのです。このことに対する対応策は、もともとあったプリントを完全に剥がし、ノリの跡さえも全く見えなくする必要があります。
生地の凸凹がプリント表面に浮き出る
生地の中には紡績している糸が太すぎて、プリントした後、その凸凹がプリントの表面に浮き出てプリント表面も凸凹」してしまう例もあります。 こういう場合は、かなり厚いタイプのプリントを使用するしかありません。
生地の色がプリントに染み込んでしまう
これはある特定の素材で、なおかつ色の濃いものの場合に起こる現象です。 この場合は、色が染まらないプリント素材に変えるしかありません。
プリントのデータを作成する
次に行う作業は「データ作成」です。 このデータを基に新しいプリントを作成します。 詳しい作業の内容はこちら。 作業はコンピュータにて行いますが、デジタル機器を使用していても、やはり重要なのは「人手によるアナログ作業」。 データの要所要所にプリント剥離の特徴を織り込んでデータを作成しなければなりません。
新しくプリントするために必要なこと
実はここまでの作業だけでは新しいプリントを貼り付けることができません。 その理由がこちらです。 アパレルメーカーが衣類を製造する過程でプリントを施す場合は、衣類を縫ったり、形が出来上がる前に作業することも多いため、問題になりませんが、トーア復元研究所に依頼されるプリント直しの衣類では、そうはいきません。
プリントの完成
こちらが出来上がったプリントです。 真っ黒な背面に真っ白い文字がキレイに映える出来栄えになりました。 いつもながら、完成時にご依頼品をじっくり見入るのが一番好きな瞬間です。 これは苦労したプリント直しほど感慨深くなります。 トーア復元研究所では、いろいろな種類のプリントを復元することが出来ます。 そのいくつかをご紹介しましょう。
ラバープリント
ラバー製のシートをくり抜いて作成するプリントです。 シート自体の耐久性は高いのですが、色が特定の種類しかなく、また無地単色なので、プリントの自由度が低いと言えます。
昇華プリント
白のポリエステル生地に行えるプリントで、ポリエステルの生地の中に染料が染み込むので、非常に耐久性の強いプリントとして使用できます。 微細なプリントもフルカラーのプリントも可能です。 一方、素材が白のポリエステル限定なので、選べる洋服の自由度が低いのが欠点です。
DTFプリント
フルカラーで精細なデータも印刷出来るプリント技術です。 ラバープリントに比べ、耐久性が多少劣る面があります。
ラメ・金銀箔プリント
きらびやかな見た目が美しい、ラメや金・銀の箔を貼り付けたプリントも作成可能です。 これらも耐久性がラバーやDTFに比べ劣る点がありますが、それを差し引いても余りある見た目が長所です。
フロッキープリント
ベルベットのような手触りで立体感のあるフロッキーは、プリントに高級感を持たせてくれます。 デメリットは植えている起毛が取れやすい、起毛が寝やすい、ということです。
シルクスクリーンプリント
大量生産のプリント品に適したプリントで、版の作成にコストがかかりますが、一旦版を作成してしまうとその後の量産が非常に安価に出来ます。 また色も使用する染料によって多彩な表現が可能ですし、比較的耐久性が高いです。 デメリットは少量生産に向かない、版のコストが高い、ということです。
まとめ
これまでご紹介してきましたように、プリントを直す、と言っても実にいろいろな工程があり、時には数か所の部署を横断しての作業となります。 そのため全体の工期もプリントの種類やデザイン、縫製などに左右され、早ければ２～３日、時間がかかるケースだと一か月かかることもあります。 これらは常に「最高の品質」を求めるために必要なことなのです。
